神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)1149号 判決 1988年8月31日
主文
一、被告は原告に対し別紙物件目録二記載の建物を収去して別紙物件目録一記載の土地を明渡し、昭和六二年七月一五日から右土地明渡しずみに至るまで一か月金四万六〇〇〇円の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1. 主文第一、第二項同旨
2. 仮執行宣言
二、請求の趣旨に対する答弁
1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 原告は、別紙物件目録一記載の土地(以下本件土地という。)を所有しているところ、被告に対して、本件土地を昭和四五年五月二三日から、建物所有を目的とし、賃料一か月六七六〇円で賃貸した。
被告は、右賃貸借契約に基づいて原告から本件土地の引渡しを受けて、本件土地上に別紙物件目録二記載の建物(以下本件建物という。)を所有している。
2. 本件土地の賃料は、周辺地の賃料に比べ著しく低く、不相当なものとなっていたので、原告は被告に対し、昭和五七年九月一三日頃被告に到達の書面で、本件土地の賃料額を同年一〇月一日より一か月三万六〇五二円に増額する意思表示をなし、その後、昭和六一年一二月三〇日被告に到達の書面で、同様に本件土地の賃料額を昭和六二年一月一日より一か月四万八八二一円に増額する意思表示をした。
3. 原告は被告に対して、昭和六二年七月八日被告に到達の書面で、昭和五七年一〇月一日から昭和六二年六月三〇日までの本件土地賃料合計二一一万四六五二円を昭和六二年七月一三日までに支払うよう催告するとともに、右期間内に支払なきときは改めて通知することなく本件土地賃貸借契約を解除する旨意思表示し、同年七月一三日はすでに経過した。
4. よって、原告は賃貸借契約終了に基づき、被告に対して本件建物を収去して本件土地を明渡すこと、解除後である昭和六二年七月一五日から本件土地明渡し済みに至るまで一か月四万六〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1. 請求原因1の事実は認める。
2. 同2の事実のうち、本件土地の賃料が不相当となったことは否認し、その余の事実は認める。
3. 同3の事実は認めるが、解除の効力については争う。
4. 同4は争う。
三、抗弁
1. 弁済の提供及び供託
被告は、賃料の提供を原告にしたが、原告は自己主張の金額でなければ受領しないとして、被告が提供した賃料の受領を拒否したので、被告は、昭和五九年五月一二日に、同年六月分まで月額六七六〇円の割合の賃料を、同六二年一月二八日に、同年六月分まで被告の相当と考える月額一万〇一四〇円の割合の賃料をそれぞれ弁済供託している。
2. 権利の濫用
原、被告間において本件土地に対する賃料増額確認請求訴訟(神戸地方裁判所昭和六二年(ワ)第三六号事件、以下賃料訴訟という。)が継続していたところ、被告は、原告から請求原因3記載の書面を受け取ったので、昭和六二年七月一一日付け書面で原告に対し右弁済供託の事実を通知するとともに、右訴訟において新賃料が確定し差額が生じた場合には差額分については速やかに清算する旨通知した。
従って原告は本件賃貸借契約を解除する理由がないことを知悉しながら強引に本件訴訟を提起したものであり、権利の濫用というべきである。
ちなみに右訴訟の判決によって原告主張の賃料額が認められたが、被告は早期に紛争を解決するため控訴をせず、昭和六三年三月一日付けで昭和六二年六月三〇日までの賃料並びに法定利息を清算した。
四、抗弁に対する認否
抗弁1の供託の事実は認める。
抗弁2の事実は否認する。
五、再抗弁(信頼関係破壊)
借地法一二条二項にいう「相当ト認ムル」賃料とは、原則として借地人が相当と認める賃料でよいと解されているが、その額がいくらでもよいというわけではなく、その額が特段の事情もないのに適正賃料額との差があまりに大きいときには、債務の本旨に従った履行と評価することができず、背信行為ありとして契約解除が認められるべきである。
原告から本件土地の隣接地を賃借している各賃借人は、いずれも原告が増額請求した賃料額を支払っているのであり、また本件土地について昭和四五年五月以降、同五七年九月一三日ころ本件で問題となっている賃料増額請求されるまでの間にも、原告から数度にわたって賃料増額請求がなされたにもかかわらず、被告は約一七年間の長い期間当初の賃料額六七六〇円(一坪当り九〇円)を漫然と供託し続けた。
さらに、原告が昭和五七年一〇月一日以降月額三万六〇五二円(一坪当り四八〇円)に、同六二年一月一日以降月額四万八八二一円(一坪当り六五〇円)に増額請求したのに対し、被告は昭和五九年六月分まで月額六七六〇円、同年七月以降月額一万〇一四〇円(一坪当り一三五円)を供託しているが、原告が賃貸している本件土地の隣地(借地人西本一郎)の地代は昭和五七年九月以降一か月一坪当り四八〇円、昭和六〇年一月以降一か月一坪当り五八〇円で、賃料訴訟において鑑定をなした不動産鑑定士前田秋雄の昭和六二年六月八日付鑑定評価書によると本件土地の適正月額賃料は昭和五七年一〇月一日時点で四万円(一坪当り五三一円)、昭和六二年一月一日時点で四万六〇〇〇円(一坪当り六一一円)であるので、被告の昭和五七年一〇月一日以降昭和五九年六月末日までの一か月六七六〇円の供託金は適正賃料の約五・九分の一、昭和五九年七月以降の一か月一万〇一四〇円の供託金は昭和六一年一二月末日までの適正賃料の約三・九分の一、昭和六二年一月一日の適正賃料の約四・五分の一で、いずれもその差額があまりに甚だしく、明らかに常識を欠いたものである。
したがって、被告の供託は到底債務の本旨に従った履行と評価し得るものではなく、原告と被告との間における信頼関係は破壊されているから原告による解除は有効である。
六、再抗弁に対する認否
再抗弁事実のうち、原告主張のような鑑定評価がなされたこと、原告の増額請求及び被告の供託額が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。
そもそも、当事者間において賃料増額につき協議が調わないときは、増額を正当とする裁判が確定するまでは借地人が相当と認める賃料を支払えばよく、仮に借地人が従前の賃料額を支払ったとしても、増額要求額を支払わないということを理由に賃貸人が契約を解除することを禁じたのが、借地法一二条二項の趣旨であり、同条但書が年一割の割合の利息の支払義務を課しているのは、右のことから生じる当事者間の不均衡の是正をはかるためである。
また賃借の際、当時の原告の代表者であった理事長呉振東と被告は、将来賃料を改定する場合には、固定資産税の増額分に色をつけた位で決めようとの合意を行っている。
被告において試算した経年の固定資産税は、別紙固定資産税・都市計画税合計表の通りであり、右約定どおり固定資産税等の増加分を基準として賃料を改定したとすれば、賃料は、決して原告が主張するような高額とはならないはずである。
被告は原告から賃料増額請求があった時に前記約定に基づき話し合いのため面接したが、原告はその主張の賃料でなければ受領しないとの強い態度であったので、やむをえず供託したのである。
第三、証拠<略>
理由
一、原告が本件土地を所有していること、被告に対して、本件土地を昭和四五年五月二三日から、建物所有を目的とし、賃料月額六七六〇円で賃貸したこと、被告は、右賃貸借契約に基づいて原告から本件土地の引渡しを受けて、本件土地上に本件建物を所有していること、原告が被告に対し、昭和五七年九月一三日頃到達の書面で、本件土地の賃料額を同年一〇月一日より月額三万六〇五二円に増額する意思表示をなし、その後、昭和六一年一二月三〇日被告に到達の書面で、本件土地の賃料額を昭和六二年一月一日より月額四万八八二一円に増額する意思表示をしたこと、原告は被告に対して、昭和六二年七月八日到達の書面で、昭和五七年一〇月一日から昭和六二年六月三〇日までの本件土地賃料合計二一一万四六五二円を昭和六二年七月一三日までに支払うよう催告するとともに、右期間内に支払なきときは改めて通知することなく本件土地賃貸借契約を解除する旨意思表示したことは、当事者間に争いがない。
二、また、被告が従前賃料の提供を原告にしたが、原告は自己主張の金額でなければ受領しないとして、被告が提供した賃料の受領を拒否したこと、被告は、昭和五九年五月一二日に、同年六月分まで月額六七六〇円の割合の賃料を、同六二年一月二八日に、同年六月分まで被告の相当と考える月額一万〇一四〇円の割合の賃料をそれぞれ弁済供託していることについては当事者間に争いがない。
ところで、借地法一二条二項によれば、貸主から賃料増額請求がなされた場合に、その請求を受けた借主は「相当ト認ムル」賃料を支払えば債務不履行にならないとされ、また、同項にいう「相当ト認ムル」賃料とは、借主保護の見地より、客観的な適正額ではなく、借主が自ら相当と認める賃料であると解するのが相当である。
しかしながら、借主が相当と認める賃料とは借主の恣意を許す趣旨ではなく、借主の供託した賃料額が適正な賃料額とあまりにもかけ離れている場合には、特段の事情がないかぎり、債務の本旨にしたがった履行とはいえず、さらに、そのような供託が長期にわたって漫然と続けられている場合には、もはや貸主と借主の間の信頼関係は破壊されたとみるべきである。
そこで、本件について具体的に検討する。
賃料訴訟において原告主張の鑑定評価がなされたことは当事者間に争いがなく、<証拠>並びに争いのない事実を綜合すれば、次の事実が認められる。
1. 本件土地について昭和四五年五月以降、本件で問題となっている賃料増額請求までの間にも、原告から数度にわたって賃料増額請求がなされたにもかかわらず(昭和四七年一月から月額二万二五三三円(一坪当り三〇〇円)、同五三年一月から月額二万六二八八円(一坪当り三五〇円)、同五五年七月から月額三万一五四六円(一坪当り四二〇円)に増額請求されている)、被告はこれに応じず、約一〇余年間の長い期間当初の賃料額六七六〇円(一坪当り九〇円)を供託し続けてきたこと、
2. 賃料訴訟における鑑定によると、本件土地の適正賃料は昭和五七年一〇月一日時点で四万円(一坪当り五三一円)、昭和六二年一月一日時点で四万六〇〇〇円であること、また右訴訟において、本件土地の適正月額賃料が昭和五七年一〇月一日から昭和六一年一二月三一日までは月額三万六〇五二円(一坪当り四八〇円)、昭和六二年一月一日以降月額四万六〇〇〇円(一坪当り六一一円)である旨の判決がなされ確定しているので、被告の昭和五七年一〇月一日以降昭和五九年六月末日までの一か月六七六〇円の供託金は適正賃料の約五・三分の一、昭和五九年七月以降の一か月一万〇一四〇円の供託金は昭和六一年一二月末日までの適正賃料の約三・六分の一、昭和六二年一月一日の適正賃料の約四・五分の一となると認められること、
3. さらに、本件土地の隣地で原告が訴外西本一郎他の者に賃貸している土地の賃料について、原告は、昭和五七年九月より一坪当り月額四八〇円に、同六〇年一月より一坪当り月額五八〇円にそれぞれ増額請求し、西本他の借主はこれに応じて右割合の賃料を原告に支払っており、被告は右事実及び右隣地の賃料につき昭和四五年以降同五七年九月の賃料増額請求以前にも数度にわたった賃料増額がなされたことについて、正確にはともかくほぼその大要を知っていたこと
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実から判断すると、被告が昭和五七年一〇月一日以降同六二年六月三〇日まで供託していた賃料は、適正賃料の約五・三分の一ないし約三・六分の一と著しく低いのみならず、被告は本件土地の隣地の賃料が数回にわたり増額されたことを知りながらこれよりもはるかに低い月額六七六〇円(昭和五九年七月以降は月額一万〇一四〇円)を供託したのであり、他に特段の事情もないから(被告は本件土地賃借の際、当時の原告の代表者であった理事長呉振東との間で、将来賃料を改定する場合には固定資産税の増額分に色をつけた位で決めようとの合意がなされた旨主張するが、被告本人尋問の結果によっても右事実を認めるに十分ではなく、その他右事実を認めるに足りる証拠はない。)、被告の右供託を債務の本旨にしたがった履行と認めることはできず、これに、前記認定のとおり、原告の数回にわたる賃料増額請求にもかかわらず、被告は昭和四五年以来約一二年余の間に渡り当初と同一の賃料(昭和五九年七月以降は月額一万〇一四〇円)を漫然と供託してきた事実を併せ考えると、すでに原告と被告間の信頼関係は破壊されたと認めるのが相当である。
三、更に被告の権利濫用の抗弁につき判断するに、成立に争いのない乙第一号証、第七号証並びに前記争いのない事実によれば、被告は原告から昭和五七年一〇月一日以降の未払賃料二一一万四六五二円を昭和六二年七月一三日までに支払うよう催告されたので、同月一一日付書面で、賃料訴訟において賃料額が確定し供託金との間に差額が生じた場合には、速やかに清算する旨原告に伝えたこと、昭和六二年一二月一五日、原告の主張を認容する旨の判決があったので、原告はこの判決に従い、昭和六三年三月一日付をもって同六二年六月三〇日までの賃料差額及び法定利息を支払って清算したことが認められるが、前記二において認定した事実に徴すると、右の事実があるからといって、原告の本訴請求が権利の濫用に該当するものでないことは明らかであり、被告の右抗弁は採用できない。
四、以上説示のとおり、本件賃貸借契約は昭和六二年七月一三日の経過をもって解除により終了したから、被告は原告に対し本件建物を収去して本件土地を明渡すこと、解除後である同月一五日から本件土地明渡しずみに至るまで一か月四万六〇〇〇円の割合による賃料相当損害金を支払う義務があるというべきである。
五、よって、原告の本訴請求は正当であるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、仮執行宣言の申立については相当でないからこれを却下して、主文のとおり判決する。
物件目録<略>